みなさんはGAADを知っていますか?
GAADとはGlobal Accessibility Awareness Dayの略です。
毎年5月の第3木曜日はGAADの日となっていて、世界各地でデジタルアクセシビリティを考える1日とされています。
日本では今年のGAADにあわせてGAAD JAPAN 2024というオンラインセミナーが開催されました。
9時45分〜19時までの間にさまざまな登壇者のお話を聞くことができる、大変ボリュームのある催しです。
そんなGAAD JAPAN 2024に参加してきましたので、今回の記事ではTenさん(合同会社Ledesone)のセッション「見えづらい困りごとを持つ当事者視点を活かしたインクルーシブデザイン」についてご紹介します。
このセッションは、『身体障害へ向けた取り組みは増加しているものの、発達障害のような「周囲からわかりづらい障害」への取り組みは進んでいない』という問題提起から始まりました。
私自身精神障害者であるため、周囲からわかりづらい障害がある当事者です。
当事者かつウェブに関わる人間として、Tenさんのお話を聞いて感じたことや考えたことをまとめたいと思います。
診断からはじめる無理のないウェブアクセシビリティ対応
1.障害者支援の現状
現在、さまざまなところで障害者支援の取り組みが行われています。
特に身体障害のある方へ向けた取り組みを目にする機会は多いのではないでしょうか?
例を挙げると、エレベーターやスロープ、点字ブロックを整備するなどのバリアフリー化です。
他にも、ITを用いた補助ツールの普及が進んでおり、音声読み上げソフトなどは非常によく使用されています。
一方で、「周囲からわかりづらい障害」がある方への取り組みはまだまだ進んでいないという実情があります。
では、周囲からわかりづらい障害とは一体どんなものがあるでしょうか?
セッションの中で挙げられたのは、発達障害です。
発達障害がある方の中には、感覚が過敏なため人混みや明るいところが苦手で外出が困難だったり、文字を書くことに困難が伴う書字障害があるため役所の窓口で書類を手書きして手続きすることが難しかったりする、といった方々がいます。
Tenさんが代表を務めている合同会社Ledesone(レデソン)では、こういった社会課題に向き合い、取り組みを行っているとのことです。
2.発達障害と困りごと
このセッションでは、発達障害がある方々はどのような困りごとを抱えているのか具体例を挙げて紹介していただきました。
そちらのお話の前に、この発達障害とは一体どのようなものなのかを見ていきましょう。
2-1.発達障害とは
発達障害とは、生まれつき脳機能の発達にかたよりがあり、それが周囲の人や環境と合わないことで社会生活に困難が発生する障害のことを指します。
ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)、LD(学習障害)といった種類にわかれており、中には知的障害を併発している場合もあります。
2-1-1.ASD(自閉スペクトラム症)の特徴
以下はASDの特徴の一部です。
- 会話のやり取りが難しいなど、コミュニケーションが苦手
- 周囲の空気を読むなど、人と関わることが苦手
- 物事への興味にかたよりがあったり、強いこだわりがある
2-1-2.ADHD(注意欠如多動症)の特徴
以下はADHDの特徴の一部です。
- 忘れっぽい、集中力がないなど不注意がある
- じっとしたり静かに待つことが苦手
- 思いつきで動く、感情的になるなど衝動的な言動がある
2-1-3.LD(学習障害)の特徴
以下はLDの特徴の一部です。
- 文字の読み方や形を認識することが難しく、読むことに困難がある(読字障害/ディスレクシア)
- 文字の形が認識しにくく、字を手書きすることに困難がある(書字障害/ディスグラフィア)
- 数の概念が理解しにくく、計算などに困難がある(算数障害/ディスカリキュリア)
2-2.ウェブで遭遇する困りごと
次に、こういった障害のある方々がウェブで遭遇する困りごとについてです。
発表者のTenさんご自身も発達障害があるとのことで、ここではご自身の体験談に加えて、他の当事者の方の経験も交えたお話をしてくださいました。
2-3-1.テキストや表現方法に関する困りごと
ASD・知的障害
- 長文だと読んでいるうちに集中力が切れてしまうことがある
- 比喩表現が用いられると間違った理解をすることがある
- 複雑な情報や言語の理解が難しい場合がある
ADHD
- 話題と関係ない情報が記載されていると気が散ってしまうことがある
読字障害
- 明朝体など、フォントによっては認識が難しいことがある
- 行間が狭いと読み飛ばしをしてしまうことがある
2-3-2.アニメーションや音声など動きのあるサイトでの困りごと
ASD
- 聴覚過敏の特性のため、音声が急に再生されるとストレスになる可能性がある
ADHD
- 気が散りやすいため、アニメーションなど動きがあるサイトだと見たいコンテンツに集中できない可能性がある
読字障害
- 文字を認識するのに時間がかかるため、アニメーションなどで文字が動くものは認識しにくい
2-3-3.色やコントラスト・レイアウトに関する困りごと
ASD
- 視覚過敏の特性のため、使われている色の数が多いサイトだと疲れて離脱する可能性がある
- ウェブサイトのレイアウト変更に適応しにくく、特に日常的に閲覧するサイトほど変化に対応しにくい
読字障害
- 文字と背景のコントラストが低いと、文字が認識しにくい場合がある
知的障害
- ウェブサイトに使われている色の数が多いとパニックになることがある
2-3-4.数字の表記方法や入力に関する困りごと
算数障害、知的障害
- 数の概念が理解しにくいため、%などの表記がわかりにくい
- 算用数字(アラビア数字)に比べ、漢数字の方が理解しやすい場合がある
- 簡単な数字や記号を理解しにくく、記憶できないことがある
- パスワード入力に時間がかかることがある
- 数字の桁が大きくなると理解しにくくなる
ADHD
- 見積もりが苦手なため、ECサイトで必要以上にお金を使ってしまうことがある
2-4.実際にあった困りごとと改善例
実際にあった困りごとや、その改善例についても解説していただきましたので、続けてご紹介していきます。
2-4-1.コントラストによる困りごとと改善例
困りごと
- チャットアプリの入力欄とスマートフォンの縁の色が似ていて、入力欄が見つけられない
改善例
- チャットアプリの着せ替え機能を使用して入力欄の色を変更することで、入力欄が認識しやすくなった

2-4-2.ブログサイトでの困りごとと改善例
困りごと
- ブログカードが並んでいるレイアウトで、どこからどこまでが1つのコンテンツなのかがわかりにくい
改善例
- ブログカードに枠を付けることで1つのコンテンツの範囲が明確になり、わかりやすくなる


困りごと
- 日付の表記が「2024.1.1」のような形式だと、ただの数字の羅列に見えてしまい日付だとわかりにくい
改善例
- 日付を「2024年1月1日」という表記に変更することで、日付だと認識しやすくなる

2-4-3.reCAPTCHAでの困りごとと改善例
困りごと
- 歪んだ数字やアルファベットを入力するタイプのreCAPTCHAは文字の認識がしにくく、特に「0(数字のゼロ)」と「O(アルファベットのオー)」の見分けがつかないことがある
- 認識しにくい文字を何度も入力することになり、疲れてしまう
改善例
- チェックマークにチェックをするだけのreCAPTCHAだと、負担が軽くなる
お役立ち資料 ホームページ作成からマーケティングのことまでよく分かる
みんなが使いやすいホームページを作るために取り組んでいること
3.読み上げツールの活用
読み上げツールは、視覚障害がある方だけでなく、読字障害がある方にとっても重要なものです。
しかし、視覚障害と読字障害では、読み上げツールの活用方法が異なります。
ここでは、読み上げツールを使用している読字障害当事者の方のお話も交えながら、活用場面の違いなどを解説していただきました。
3-1.読み上げツールの使い方(視覚障害者の場合)
- ウェブサイトを上から順番に聞く
- 写真や図も音声化して理解する
3-2.読み上げツールの使い方(読字障害者の場合)
- 自力で文字を探し、自分の読みたい部分を見つけて音声化する
- 自分の読みたい部分を探すときに文字認識を続けて行うため、疲れてしまう
視覚障害者と読字障害者における読み上げツールの使い方には、このような違いがあるとのことでした。
読み上げる箇所を探すことに疲れるというのは、見えるからこその困りごとだそうです。
なお、セッションの参加者より「ウェブサイトの内容をすべて読み上げるのではなく、自力で読みたい部分を探すのに理由はあるのでしょうか?」といった質問がありました。
この質問についてTenさんより、今回お話をしてくださった読字障害当事者の方の考え方について以下のような回答がありました。
- 本人も読み上げツールを使った方が内容の理解は早いと感じている
- ただ、サイト内のすべてを読み上げると自分の知りたい情報にたどり着くまでに時間がかかる
- そのため、フォントや行間を変えて読みやすいように工夫して、自分の知りたい情報がある部分を自力で探している
- 個人的にこの方法を取っているだけで、読字障害者すべてがこのようにしているというわけではない
3-3.ウェブサイト側の対応
上でも少し触れましたが、読字障害がある方の中にはフォントや行間、文字の色などを変更してウェブサイトを利用している方がいるとのことです。
そういった方々に向け、ウェブサイト側はどのような対応を行うことが必要なのかについてもお話がありました。
自身のわかりやすいように表示を変更する場合、あらかじめウェブサイトに用意されている文字の大きさ変更機能などを使用することはあまりなく、基本的にはブラウザの拡張機能などを使用しているとのことです。
そのため、ウェブサイト側に求められるのはこういった機能を実装することではなく、拡張機能に対応できるような土台を整えることである、とのことでした。
4.「困りごとを起点に考える」というアプローチ
セッションの終盤には、「障害名や症状ではなく、具体的な困りごとを起点に考えることが重要」というお話がありました。
例えば「お問い合わせフォームの送信ボタンを押した後、ちゃんと送信できたかどうか不安になる」という困りごとがある場合を仮定します。
この場合は、「フォームが無事に送信されたら送信完了画面に遷移する」「お問い合わせが送信された旨の自動返信メールを送る」といった対応が有効だと考えられます。
このように、障害名などで対応を考えるのではなく、どういった困りごとがあるのかを起点に考えることで、より具体的な対応が可能になるとのことでした。
5.セッションに参加して感じたこと
冒頭にもあった通り、周囲からわかりづらい障害に対する取り組みというのは、まだまだ進んでいない部分が多くあります。
そもそも、そういった障害や病気に関する認知や理解が十分進んでいないため、支援が必要だと思われていない部分もあるのではないかと考えています。
私自身精神障害があるのですが、実際に「いまいち理解を得られない」と感じたことが何度もあります。
しかし、「少しの理解や支援で、今まで難しかったことができるようになった」という経験もしています。
自分に合うようにちょっと工夫するだけで、困難だと感じていたことが簡単にできるようになることもあるのです。
こうした経験から、あらゆる人が自分に合う環境でウェブを使えることはとても重要だと考えており、さまざまなデバイスや拡張機能などと互換性を確保するためにもウェブアクセシビリティが大切だと感じています。
また、このセッションでは困りごとを起点に考えることの重要性を再確認することもできました。
以前より「この障害にはこういう対応が必要」という考え方よりも「どのような状況でどのような不便があるのか」といったことから対策や対応を行う考え方の方が良いと感じていました。
例えば、「聴覚障害者や高齢者には字幕が必要」という考え方だと、字幕は聴覚障害者や耳の遠い人だけのもののように思えます。
しかし、「音が聞こえない状況では字幕が必要」という視点に変えることで、病気や怪我で一時的に聴力が低下している人、イヤホンを忘れてしまったが電車内で動画を視聴したい人など、聴覚障害者や高齢者以外の人々にも有益なものだとわかります。
ウェブアクセシビリティは「障害者・高齢者向けのもの」という狭い視点ではなく「誰にでも必要なもの」として捉えるべきです。
実際に、ウェブアクセシビリティを向上させるとすべてのユーザーにとって使いやすいウェブサイトにすることができます。
今後も、困りごとを起点とするウェブアクセシビリティの向上に努め、あらゆる人にとって使いやすいウェブの実現を目指していきたいと感じました。
6.まとめ
GAAD JAPAN 2024より、Tenさん(合同会社Ledesone)のセッション「見えづらい困りごとを持つ当事者視点を活かしたインクルーシブデザイン」についてご紹介しました。
次回も、引き続きGAAD JAPAN 2024についてまとめていく予定です!
まだまだたくさんのセッションに参加させていただきましたので、次回以降の記事もお楽しみに!
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