ウェブアクセシビリティマネージャーの山口です。
みなさん、日本科学未来館はご存知でしょうか?
科学や技術を通して過去や現在、未来のことを学ぶことができる、お台場の国立科学館です。
先日、日本科学未来館で常設展の大規模リニューアルが行われたのですが、その際に「老い」をテーマにした展示が公開されました。
「ウェブアクセシビリティは障がい者対応のこと」と勘違いされやすいですが、老若男女問わずあらゆる人にとって使いやすいウェブの実現を目的としており、その対象には高齢者も含まれています。
今回、私は高齢者や老いについて理解を深めるため、日本科学未来館を取材させていただきました!
この記事では、私が取材を通して学んだことや感じたことをお伝えしたいと思います。
1. 日本科学未来館とは?
日本科学未来館とは、お台場(東京都江東区青海)にある国立の科学館です。
「科学技術を文化として捉え、社会に対する役割と未来の可能性について考え、語り合うための、すべての人々にひらかれた場」を理念に運営されており、様々な科学技術に関するテーマについて幅広く展示されています。
11月22日には常設展の大規模リニューアルが行われ、新たに「ロボット」「地球環境」「老い」に関する4つの展示が公開されました。
2. 老いパークとは?
日本科学未来館の大規模リニューアルに伴い新たに公開された展示の1つで、老いをテーマにしています。
パネルによる展示だけではなく、疑似的に老いを体験できるゲームも多数あり、それぞれが老いと向き合い、つきあい方を考えることのできるパークになっています。
3. いざ、取材へ!
3-1. 館内の様子
日本科学未来館は、3階と5階が常設展示ゾーンとなっています。
老いパークがある3階にさっそく向かってみると、伺ったのが土曜日ということもあり開館直後から人がいっぱい!
特に、ロボットをテーマにした展示「ハロー!ロボット」は家族連れに人気なようです。
こちらは、たくさんの人に囲まれているaibo(アイボ)。
持ち上げるのは禁止ですが、触るのはOKとのことなので、頭をなでなでしてみました。
他にも、セラピー目的のものやこちらの動きに反応してくれるものなど、たくさんのロボットがいます。
3-2. 老いパークの様子
「ハロー!ロボット」を抜けると、目的地の「老いパーク」が見えてきました!
パーク内はこのように目、耳、運動器、脳の4つのゾーンに分かれています。
それぞれのゾーンには、その器官が老化する仕組みや、老化したときにはどのような対応方法があるのかをまとめたパネルがあります。
写真は目の老化ゾーンのパネルです。
また、補助として使われている、もしくは今後使われるようになるかもしれないツール、テクノロジーの紹介がされています。
目の老化ゾーンでは、以下のようなツール、テクノロジーの紹介がありました。
OrCam Read(オーカムリード)
レーザー枠内の文章をカメラでスキャンして、音声で読み上げてくれるデバイス。
ViXion01(ヴィクシオンゼロワン)
自動でピントを調節してくれるアイウェア。
さらに、それぞれのコーナーには老化を体験できるゲームが用意されています。
3-3. 山川さんのお話
体験を行う前に、広報の山川さんにお話を伺います。
山口:本日はよろしくお願いします。最初に、どのようにして老いパークを作ることになったのか教えてください。
山川さん:まず、日本が超高齢社会であるという現状があります。さらに、老いは誰にでも必ず起こることであり誰しもが当事者です。そういった中で自分の老いや未来について考えてほしいという思いがあり、老いパークをつくることになりました。
また、日本科学未来館の館長は視覚障がいがあります。館長自身が様々な障壁をテクノロジーで超えてきた経験から、老いも同じようにテクノロジーで超えられるかもしれないと考えており、今回の展示に繋がりました。
※館長の浅川智恵子氏は情報技術の研究者。自身も全盲でありながら視覚障がい者支援の研究開発などを行っており、世界初の音声ウェブブラウザ「ホームページリーダー」を開発し、製品化した人物。
日本科学未来館公式ホームページの館長紹介ページ
山口:今回の展示において、工夫や配慮をされた点はありますか?
山川さん:誰にとっても分かりやすい展示になるように意識しています。すべてのコンテンツで色覚特性ごとの見え方をシミュレートするアプリなどを使い、色の見やすさなどの確認を行いました。ゲーム説明に関しては、ナレーションだけでなく字幕も付けるなど複数の手段で説明を提供しています。また、パーク全体としては大人から子どもまで、誰でも入りやすい雰囲気になるようにしています。
山口:確かに、小学校低学年くらいの小さなお子さんもたくさんいますね。
山川さん:そうなんです。小学生くらいのお子さんの場合、自分の老後を考えるよりも「自分のおじいちゃん、おばあちゃんってこんな感じなんだ」ということを体験を通じて学んでくれているようです。
山口:身の回りにいる高齢者への理解を深める場になっているのですね。
山川さん:そうですね。他には、脳の老化によって他人の表情を読み取ることが難しくなるというのがあります。笑顔のようなポジティブな表情は読み取れても、怒りや悲しみのようなネガティブな表情は読み取りにくくなるんです。そうすると、お子さんが怒った顔をしていても、おじいちゃんたちは気づかない可能性があるんですね。
山口:そうなんですね。お子さんからすると「なんで分かってくれないの!」となりそうです。
山川さん:はい。ですが老いパークで老いの体験をすることで、「そうか!だからおじいちゃんたちに怒っていることが伝わらなかったんだ!」「自分が思っていることを言葉で伝える必要があるかもしれない!」という気づきもあるようです。
それから、ここでは「これが答え」というように、唯一の答えを示すことをしていません。あくまでも選択肢を提示しています。提供された情報や提示された選択肢を元に、各々が考えを深めてほしいと思っています。
山口:私も、しっかり体験して考えたいと思います。貴重なお話をありがとうございました。
3-4. 老いを体験する
さて、ここからは老いの体験をしていきましょう。
いくつかのゲームをご紹介すると同時に、体験する中で私が感じたことをお伝えします。
3-4-1. サトウの達人(耳の老化ゾーン)
耳が老化すると高い音が聞こえにくくなるため、k、s、tのような周波数の高い子音は特に聞こえにくくなるとのこと。
そうなるとカ行、サ行、タ行などの区別が難しくなるようです。
耳が老化したときの聞こえの体験ができるのが、この「サトウの達人」です。
病院の待合室というシチュエーションで、看護師さんに「サトウさん」と呼ばれたときだけボタンを押します。
他に「カトウさん」「アトウさん」と呼ばれますが、そのときはボタンを押しません。
さっそく体験してみましょう。
ゲームスタート!
最初の何回かは老化モードではないので、難なく聞き取ることができました。
ですが老化モードに変わった瞬間、まったく聞き分けることができません!
勘でボタンを押してみるものの間違いが多発。
結局、半分くらい間違えてしまいました・・・。
体験して真っ先に思ったことは、そもそも全体的に音がこもっていて聞き取りづらいということです。
音がこもっているので違和感がありますし、子音は聞き分けられず、名前を呼んでいることは分かるが「サトウさん」かどうかは自信が持てないという感じです。
耳の老化とウェブアクセシビリティ
サトウの達人の体験を、ウェブコンテンツに当てはめて考えてみます。
ホームページで音声を扱うものと言えば、YouTube動画の埋め込みなどが一番多いかと思います。
分かりやすく伝えるために用意した動画も、何を言っているのかが分からなければ意味がありません。
音声付き動画などのコンテンツでは、音声だけでなく字幕を付けることが必須であると感じました。
実際、このゲームのルール説明は音声だけでなく字幕も表示されます。
動画自体にテロップや字幕を入れるやり方の他に、現在YouTubeのようなサービスでは動画を投稿した後からでも字幕を入れることができます。
この後から入れる字幕は表示・非表示がユーザーによって設定できるので、字幕は不要というユーザーは非表示にしてより動画に集中できるのもありがたい機能ですね。
3-4-2. 3つの○○なテレビゲーム(目の老化ゾーン)
目が老化すると起こる見え方の変化には様々なものがありますが、ここでは白内障の症状の一部である「まぶしさ」「黄ばみ」「ダブり(ものが二重、三重に見える)」という症状を3つのゲームを通して体験する事ができます。
今回は、まぶしさを体験できる「まぶしいドライブゲーム」を体験してみます!
こちらは通常モード。
障害物や他の車を避けながら、ゴールに向かって走ります。
途中から老化モードに切り替わります。
道路照明灯の近くを走るたびに画面のほとんどが白いもやで覆われてしまい、障害物や他の車が見えません。
また、画面が全体的にぼやけており、まぶしくないところであっても制限時間などが大変見づらいです。
私は近視なので常に眼鏡をかけて生活しているのですが、裸眼のときの見え方に似ています。
目の老化とウェブアクセシビリティ
まぶしいドライブゲームの体験を、ウェブコンテンツに当てはめて考えてみます。
上記のように少しの光がとてもまぶしく感じられる場合、白背景に薄い色の文字を載せるようなデザインにしてしまうと文字が全く読めない可能性があります。
なるべくコントラスト比を高めた方がよいと考えられますね。
また、ウェブアクセシビリティのガイドラインであるWCAGには点滅に関しても規定があります。
点滅への対応は、光によって発作を起こしてしまう体質の方や、点滅に気を取られてしまう方への配慮と考えられることが多いですが、まぶしさを感じやすい方に対しても必要であると感じました。
ピカピカ光るようなコンテンツは控えるか、ユーザー側で停止できるようにする方がよいですね。
WCAGについて詳しく知りたい方はこちらの記事へ!
3-4-2. おつかいマスターズ(脳の老化ゾーン)
脳が老化すると、短期記憶、注意力、処理速度が低下します。
こちらはおつかいというシチュエーションで、脳の老化を体験することができるゲームです。
置いてあるタブレットを手に取り、体験スタート!
まず最初に、おつかいする品物が8つほど表示されるので、制限時間内に暗記します。
トマトとトマト缶のような似たものも登場するので、一生懸命覚えます。
制限時間が終了したので、暗記したものを忘れないうちに動き出します。
ところが!
ここでタブレットの画面が切り替わり、なんとゲームのルール説明が始まります。
そういえば、このゲームは他のゲームと違って最初にルール説明がありませんでした。
せっかく覚えたものが、ルール説明の間におぼろげな記憶になっていきます・・・。
ルール説明が終わると、今度こそ本当におつかいスタートです。
目の前の棚には様々な商品が並んでおり、バーコードが用意されています。
おつかいリストの中にあった商品のバーコードをタブレットで読み込み、買い物かごに商品を入れていきます。
暗記したものを思い出しながら棚の周りをぐるぐる回っていると、さらに追加で5つほどのおつかいリストが表示されました。 それらも最初と同じように暗記します。
そんなこんなで、十数個の品物を買い物かごに入れてゲームを終えました。
このゲームは、制限時間内で多くのものを覚える、覚えた後にルール説明が入る、途中で追加の指示が入る、似た品物が登場するなどの仕掛けにより短期記憶や注意力、処理速度の低下を疑似的に体験しているとのことです。
実際、ゲームを開始するとすぐに制限時間付きでたくさんの項目が表示されるので、焦りました。
あわあわしながらなんとか暗記しても、そのあとにルール説明が入るのでルールを読んでいる間に暗記したものを忘れてしまいます。
なんとか思い出しながら行動していると今度は追加指示が入り、予想外の事態に慌ててしまいました。
脳の老化とウェブアクセシビリティ
おつかいマスターズの体験を、ウェブコンテンツに当てはめて考えてみます。
「突然」「予想外」こういったものは焦りや混乱に繋がることがよく分かりました。
例えば「フォームを入力した後に確認ボタンを押したら、確認画面が表示されずにそのまま送信されてしまった」なんてことが起きたら混乱してしまいそうですよね。
確認ボタンを押したのに送信されてしまうというのは、完全に予想外の事態です。
「入力した内容は正しかったかな」
「今のはちゃんと送信されたのかな」
というような混乱を避けるためにも、ボタンに表示されるテキストとボタンを押した後に行われる操作に一貫性を持たせることは非常に大切だと考えられます。
また、「リンクを押したらよく分からないページに遷移してしまった」というのも混乱の元になりそうです。
リンクを張る時はどこに移動するのかを明確に表記することも、混乱を避ける上では重要ですね。
一つ一つは小さなことでも、分かりやすさを追求していくことで使いやすいウェブコンテンツにできるのではないかと感じました。
4. まとめ
今回は、日本科学未来館を老いパーク中心にご紹介しました!
貴重なお話しを聞くことができ、さらに老いによって起きる変化を身をもって感じることができたのでとても勉強になりました。
また、日本科学未来館では老いパークに限らず館内いたるところにアクセシビリティを感じるものがあったのが印象的でした。
例えば、文字や音声だけでなく、点字や手話で説明がされている展示があったり、アンケートブースには手書き用の用紙とペンだけでなく、点字を打つ器具(点筆)が用意されているなどです。
ウェブコンテンツにも共通することですが、複数の手段を提供してユーザーの使いやすいものを選んでもらうというのは、アクセシビリティを向上させる上で欠かせないと強く感じました。
今回の経験を今後のホームページ制作や、ウェブアクセシビリティ普及の活動にしっかり生かしていきたいと思います。
この記事では老いパークが中心となりましたが、他にもロボットや宇宙開発、地球環境、災害に関する展示などがあり、どの展示もとても興味深かったです!
もう一度見たい展示もあるので、今度はプライベートでお邪魔しようと思います。
みなさんもぜひ、日本科学未来館でたくさんの科学や技術、アクセシビリティに触れてみてください!
日本科学未来館の公式ホームページはこちら
取材にご協力いただいた日本科学未来館のみなさん、ありがとうございました!